嫁の余計なひと言が招く相続トラブル 「もらえるものは貰って置けば?」

画像遺産相続関連の専門家が好んで使う造語に、「争族」という言葉があります。もちろん語呂合わせで、遺産を巡って家族同士が争う様子を表現したものです。くれぐれも、将来の「相続」が「争族」にならないように注意しましょう、といった感じで使われます。

 この「争族」という言葉に対しては、常に一定の反論が出ます。「うちの子に限って、相続で揉めるなんてことはない」「うちの兄弟姉妹の間柄だったら、親の遺産分けは円満にできるはず」といった、家族の争いは起こらないという想定に基づいたものです。たしかに、そう信じたいのが人情です。しかし残念なことに、実際の相続の現場では、これらの信念が幻想と消えてしまう場面がしばしば出てきます。なぜそんなことになってしまうのでしょうか。

 理由はおそらくシンプルです。人が亡くなったあとの遺産分けというものは、「うちの子」や「うちの兄弟姉妹」だけの問題では収まらないからです。現実の遺産相続は、財産を相続できる人の妻や夫、子供やその他友人など、隠れた当事者や想定外の関係者の意見を巻き込んで進行します。「うちの子」に限っていたら揉めなかったのかも知れませんが、実際には「うちの子」以外の人々が多数影響してくるので、予想に反した結果も起きてしまうのです。

 ある夫婦の会話にちょっと耳を傾けてみましょう。

夫「親父が亡くなって、明日でちょうど3カ月か。もうそろそろ、兄貴から遺産のことで相談がある頃かも知れないなぁ」
妻「お義兄さんとは何か取り決めをしていたの?」
夫「いや、ちゃんと決めていたわけじゃないけど、兄貴は本家の屋敷と土地をそのまま引き継ぐ約束だから、俺はまあ多少の現金でも貰えれば助かるとは思っている。兄貴のところは祭事だ何だって金がかかるし、両親の面倒もあれだけしっかり義姉さんに見てもらっていたしね」
妻「本家を守っているとか、親の面倒を見ているとかいうことを理由に、相続の権利を譲歩するのはおかしくない? きっちり、もらえるものはもらっておけば? うちの家計もあんまり楽じゃないんだし。だいたい、お義兄さんのところの○○○ちゃんはお義父さんの援助で東京に行かせてもらって、大学の学費まで出してもらって、他にも……」

 何やら雲行きが怪しくなって来ました。もしかしたら、遺族である兄弟たちのレベルでは、それまでの「家族の歴史」による絶妙なバランスが、うまく調整されていたのかも知れません。しかし、はたしてそのバランスのようなものが、他家から来ている奥さんの意識にまで及ぶ保証があったのでしょうか。もちろん、そんな保証はありません。

そして、大抵のケースでは、もっとややこしい第三者が出てくるものです。「奥さんの実家の父母」が奥さんにアドバイスしてきたり、「世話好きの伯母さん」が色々な情報を与えて混乱させたり、「法律にちょっと詳しい知人」が出てきて強硬な手段を勧め出したり……。こうした、より縁の薄い人々に「家族の歴史」が通用するかといえば、かなり難しいでしょう。

 遺産をめぐってのトラブルの原因は多岐にわたりますが、その多くは、感情と、現実の経済状況などが、複雑に絡み合って起きるものです。両親が生きている間は、遺産の分け方について大まかな同意ができていた。けれども、実際の相続が起きたとき、それぞれの相続人の具体的な状況が変わってしまった。したがって、同意が形成されていた内容、たとえば「本家の土地と家屋は長男が全て相続する」といった取り決めに対し、素直に「はい」といいにくくなるケースが出てくるのです。

 周囲の人々の態度は、知らぬ間に相続人たちに影響を与えて行きます。本家の受け継ぎに、次男が心から賛成していたかどうか、わかりません。本家を出て、地縁のしがらみにとらわれず、両親との同居やその暮らしを全面的に支える活動から解放されたこと。その対価だと自分を納得させて、相続できる権利を多少なりとも譲歩しようと思っていたのかも知れません。しかし、経済的にそれが正しい行為だろうかと考え出していたら、もしかしたらそんな約束をしたことを後悔するかも知れないのです。

 そこに「もらえるものはもらっておけば?」の妻のひと言。これは強烈です。いったん自分が約束したことだからと、体面を守ろうとする意思も急速に弱まっていきます。さらに、たたみかけるように「小さい頃から、いつも兄貴が一番なのはなぜだ?」「兄貴はあれもしてもらった、これもしてもらった、それに比べて俺は……」といった潜在的な不満がはけ口を探し始めます。やがて「今の状況は当時とは変わっているし、考え直すのが自然だろう」「本家を守るなんて考え方は昔の話で、妻の言うとおり、一方的に次男だからという理由で身を引く必要はないだろう」というように、考え方が変わってきます。

 そして、ついには「兄貴、今回の相続では、すまないがきちんと権利を主張させてもらうよ」という態度へつながります。対する長男は長男で、よもや次男がそんな態度を示してくるとは予想もしていません。今度は長男の方に、またまた「奥さん」や、「地元の名士の叔父」、「同級生の弟の法律家」などがぞろぞろと出てくる。こうして、相続財産をめぐるトラブルが形成されて行くのです。

 今回のケースのように、次男が変節してしまう隙を作ったのは、その両親にも原因があるでしょう。もし、親の世代が率先して「本家は長男が相続すべきである」といった保守的な価値観を守りたかったのであれば、しかるべき遺言書を用意して、長男が引き継ぐ旨を書いておくべきでした。

 「うちの子に限って、相続で揉めるなんてことはない」という思いがあると、たしかに遺言書を作成する手が止まりがちになります。しかし相続は「うちの子」だけの問題ではありません。その妻や夫、親戚や知人などの、「もらえるものはもらっておけばよい」という姿勢が思わぬ影響を及ぼすのです。こうした極めて現実的な可能性に注意を払っておくべきなのです。
              
  日経BPより抜粋

川原田慶太(かわらだ・けいた)
 1976年大阪生まれ。司法書士・宅地建物取引主任者。2001年3月、京都大学法学部卒。在学中に司法書士試験合格。02年10月、かわらだ司法書士事務所開設。05年5月、司法書士法人おおさか法務事務所代表社員就任。資産運用や資産相続などのセミナー講師を多数歴任。

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この記事へのコメント

2020年05月16日 09:34
結局10か月以内に分割協議は成立したんですか?
出来なかった場合は、その期間内に税金を納められたんですか?

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