随処に主となれば立処皆真なり

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仏典には様々な植物が登場する。新緑眩しいこの時期、樹木や花々を通じて「仏法」に触れる好季としてはどうか。とくに植物好きの方には植物学者・稲垣栄洋氏の『なぜ仏像はハス花の上に座っているのか』を勧めたい

▼表題の「泥の中から花を咲かせるハスの秘密」や「葉っぱがないのに花を咲かせる曼珠沙華」のこと。「ミョウガ」を食べると忘れっぽくなる理由。「ホケノザ」が背負う辛い過去。この世とあの世の境界を示すために植えられたお茶の木について、仏教を代表する三大聖木のことなど興味をそそる内容が満載だ。

▼稲垣氏は植物の特徴を仏教の教言で説明する。「 〈随処に主となれば立処皆真なり(臨再録) 〉。植物は動くことができない。一粒の種子が大地に落ちたところから植物の一生は始まる。そこがどんな場所であろうと一生を全うしてなければならない。種子が落ちたその場所こそが植物の生涯のドラマの舞台(随処に主〉となる。
不利な境遇に愚痴をこぼすことなく、与えられた環境の中で精一杯生きる(立処皆真なり)。他の動物と違って、動けないこと。そこにこそ植物の強さの秘密があると仏教は見抜いたのでは」と

▼自分の置かれた境遇に一喜一憂し、「有頂天と愚痴」を繰り返す「空過」の人生を如来さまは「大悲の智慧」で照らし包んで下さる。念仏申して生きる者とは「如来の厳しく、また暖かい眼差しを感じながら、傲慢にもならず、卑屈にもならず、遠慮もせず、気ままもせず、おおらかに、しかし慎み深く生きようと心がけるもの(梯実園師)との先達の御言。植物たちから「虚しく過ぐる」人生を超える「念仏者の生き様」を学びたいと思う。 No257

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この記事へのコメント

historia
2019年09月16日 10:33
大変勉強になりました。
私も「団塊世代の我楽多(がらくた)帳」(https:skawa68.com)というブログの
2019/6/2付けで「随処に主となれ」の記事投稿
しています。つたない記事ですが、もし、ご参考にしていただければ幸いです。

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