われは草なり 見えない「根っこ」の世界あり

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「すべてのものはうつりゆく
つとめ はげみなさい ~諸行無常~ 」釈尊


11打数0安打5三振。野村克也さんの野球人生1年目である。拝み倒して撤回してもらったものの、シーズン終了後には解雇を通告されている。

ノーベル賞をとった山中伸弥さん。若き頃、彼が執刀すると20分の手術が2時間かかった。足手まといの ”ジャマナカ"という異名を先輩医師からもらい臨床医になる夢をあきらめたという。
数年前、四月一日付けのY新聞のコラムで知った。

その後、文章はこうつづく。
「高見順に『われは草なり』という詩がある。
<われは草なり / 伸びんとす / 伸びられるとき / 伸びんとす / 伸びられぬ日は / 伸びぬなり・・>
草の丈が伸びぬ日もあろう。そういう日は、大丈夫、見えない根っこが地中深くに伸びている」。入社式が行われる四月一日の記事ということは、社会人一年生の若者への餞の言葉だったに違いない

▼ コロナ禍という未曽有の困難に直面し、だれもが失意と狼狽の中にいる。イベントも自粛、お寺の法要まで中止に追い込まれている始末。
「伸び伸び」と社会生活が送れる日はいつ戻ってくるのか。「そういう日は大丈夫、見えない根っこが伸びている」というコラムの言葉が身に沁みる。

▼ さて「私の根っこ」とは、「あなたの根っこ」とは、「社会の根っこ」は、そして「いのちの根っこ」とは何だろう?有事の今だからこそ、
日頃は目を向けない、忘れ去っている「根っこの世界」に関心を持ってみよう。思いもかけない気づきや、琴線に触れる言葉に出会うかもしれない

▼ 住職にとって今、巻頭に挙げたお釈迦様の教言が、不安の中「手洗い・うがい」につとめる日暮らしを支える「根っこの言葉」となっている。   ~ 南無阿弥陀仏 ~ 
No316 2020年4月
 
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