テーマ:虫眼鏡通信

無駄とは

 コロナ禍の下、お付き合いの飲み会や会議のための会議など、今まで当たり前のようにやってきたことを「無駄だったかも」と感じている人は少なくないだろう。 防災グッズなどの「非常時の備え」なんてお金の「無駄遣い」と思っていたのに、今回マスクが手にはいらなくなって悲鳴を上げた人も多かったはず。  そもそも無駄ってなんなのだろう。いま社会で「…
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手いっぱい

先が見通せない不安にかられた時、ふと耳にした歌や目に留まった映像や文章に慰められた経験は誰にもあるだろう。 「上を向いて歩こう」。いま話題のこの曲はネット動画再生が百万回を超えたという。畏れと不安に縮こまった心を、ほぐし温める力が、音楽や芸術にあることを改めて確信した。  実は私も昨今、ある『詩集』に救われた一人だ。若き頃、頑なに…
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われは草なり 見えない「根っこ」の世界あり

「すべてのものはうつりゆく つとめ はげみなさい ~諸行無常~ 」釈尊 11打数0安打5三振。野村克也さんの野球人生1年目である。拝み倒して撤回してもらったものの、シーズン終了後には解雇を通告されている。 ノーベル賞をとった山中伸弥さん。若き頃、彼が執刀すると20分の手術が2時間かかった。足手まといの ”ジャマナカ"とい…
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新型コロナ ウイリス禍

 新型コロナ禍が広がるイタリア。休校となった高校の校長が生徒にあてたメッセージが話題になっている。 「ポルタ高校の生徒諸君へ。<ドイツからミラノに来るのではと恐れられていたペストが本当に入ってきた。それはとどまることなくイタリアの大半を侵略し人口は減った・・・・。> 引用したのはマンゾーニの小説<いいなずけ>で1630年にミラノを…
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リスク・コミュニケーション

「どこにもマスク、売ってないですよ」「中国の人はマスクが手に入らずに紙オムツを被っているそうですよ」。お参りに伺って様々な情報を耳にする。「新型コロナウイルス」に端を発した混乱がいよいよ「パニック状態」に移行してきた感。そのことに警鐘を鳴らしている医師がいる。 数年前に『感染症パニックを防げ!リスク・コミュニケーション入門』を上梓…
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明けまして 南無阿弥陀仏

 住職、年男の本年。いただいた賀状の言葉抄 ▼ 高校の同級生Yより「還暦の年、何を目指しますか?」 ▼ A 牧師より「老年期の信仰生活は過ぎ去った過去を振り返ることでなく、また現実の肉体の衰えに目にとめるでもなく、人生のおわりに備えられている天のゴールを目指して、希望をもって生きることだと思います。  なぜならば天のゴー…
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時間と時

 今年出会った一冊、青山 ゆみこ著 『人生最後のご馳走』 ▼ 末期がんで余命わずか3週間という状態にもし、自分がなったとき、ホスピスで提供してくれる「人生最後のご馳走」が、自分の希望どうりの食事だったらどんなに嬉しいだろうか。たとえ食べることができなくても食べたい食事の話を聞いてくれ、自分のためだけに作ってくれる食事にありがたさを感…
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報恩講

 十一月は親鸞聖人のご命日にお勤めする報恩講シーズン。 浄土真宗では昔からその法要を「恩に報いる講(ほうおんこう)」と言い習わしてきた。 ▼「恩」という字は「因」と「心」とで作られている。成り立ちを調べてみるとおもしろいことがわかった。 「因」の字の外側の囲いは大きくて柔らかい四角の敷物を表している。中の「大」の字は人が大の字…
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非日常体験

 今年で二十五回目となった「夏の一泊子ども会」。36名の小学生が本堂に泊まった。初めて博多から参加した小学2年生のM君。夏休みの作文に取り上げてくれたので紹介したい。 ▼ 〈おてらにおとまり〉八月二十二日、きたきゅうしゅうの、おばあちゃんがいつもかよっている「じこうじ」というおてらの「おとまり会」にさんかしました。 きゅうな…
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掛け軸 佛身圓満無背相

初めにクイズをひとつ!。 本堂の阿弥陀さまは、どこを向いておられる?「前を向いておられる」「正面に決まってる」とお答えの御仁、それは間違い。阿弥陀さまは「私の方に向いておられる」が正解。  以前、虫眼鏡通300号でも紹介した善導大師のお言葉に「仏身円満にして背相なし」とある。仏さまの身体には「背中がない」との仰せ。つまり…
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虫眼鏡通信

 かって読売新聞の詩の選者だった川崎 洋氏は、子供たちが作る詩について「持っている語彙は少ないのに事物を素手でつかむように示してくれる」表現力に驚いていた。無機物を、いのちあるもののようにみつめ、連想の豊かさ、イメージの跳躍力は、とてもじゃないが大人はかなわないとも。 ここで小学校四年生の平松 ユリさんの詩を紹介しよう。   …
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人の弱さ・自分の弱さを知ることから

六月に開催した「お寺で文化講演会 ~悩みとの向き合い方~」。講師は心理士の村山尚子先生。理論的且つ具体的なお話に参加者は、多くの導きを頂いたことだと思う。その後、偶然出会ったある本に接してふたたび先生の講義内容を深く味わうことになった。 ▼ アアメリカに心理カウンセラーをめざすリサという女性がいた。学生寮でリーダー的な存在の…
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縁起 因果

 よくまあ本にこんなタイトルつけたもんだ。『親鸞がヤクザ事務所に乗り込んで悪人正機を説いたら』という書名。「異色の仏教エンタテイメント小説登場!」と帯にあった。著者は元週刊誌記者で浄土真宗僧侶の顔をもつ向谷匡史氏。記者時代にはヤクザを題材にした記事も多く手がけたという。 ▼ 本書執筆の動機は、とあるヤクザの若手組長に会ったとき …
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「腑に落ちる」 「身」 「頭」

 『日々是好日』。自坊の「寺シネマ」で是非とも上映したい映画の一つだ。 初めてお茶をならうことになった典子と美智子。二人にとってお茶の世界は慣れないことばかり。決まりごとは多いのにその理由がわからない。 「先にお菓子をたべるのはどうして」「なぜ手首をくるりとするんですか?」。「なんでって言われても私、困っちゃうわ」。  武道の…
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春爛漫 佛徳讃嘆、南無阿弥陀仏

「春雨や 美しう なるものばかり」(千代女)の句が実感される候。 かっての篤信者は春を告げるウグイスの鳴き声を「ホーホケキョ」ではなく「(仏)法ヲ聞ケヨ」と聞いたという。 ▼春の花を代表する桜。江戸時代の俳人・小林一茶はこんな句を詠んだ。「いざさらば 死にげいこせん 花の雨」、「死に支度  いたせいたせと 桜かな」。だがこの…
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雑 草

 草木が成長をはじめる時期到来。と同時に雑草に悩まされる時節もやってくる。そんな嫌われ者の雑草に愛情をこめて、鶴岡千代子さんはこんな詩をつくった。 ▼ せっかく 花をさかせても /せっかく 葉っぱをひろげても /ふりむいていく 人はない /それでも平気さ みんなして /むんむん草むら つくってく /どんなに のどがかわいても /ど…
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二月は逃げる 三月は去る! 光陰矢のごとし

「歳を重ねると時間が過ぎるのが早いですよ。一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。実感します!」。先日お参りで初老の女性と交わした会話。」ではどうして子供の頃より時間が過ぎるのを早く感じるのか ▼ 実はそれを研究した先生がいらっしゃった。千葉大学の一川 誠教授がその人。先生によると 「子供が物事に対して思考する回数と、大人が物事に…
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讃佛迎春

「孫が生まれました。名実ともに”じいさん”になりました」と高校の同級生からの賀状に添えてあった。そんな年齢になった感!?。さて、今年はじめての虫眼鏡通信は恒例の「賀状の言葉抄」 ▼ The Buddha is always with you.大地のような如来の大悲に支えられて我が身の愚かさを知り自他の安穏のためにチャレンジしていき…
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出迎え三歩 見送り七歩

「客商売の極意でっか。それは出迎え三歩に見送り七歩どす」。京都の老舗料亭のおかみさんの言葉だ。客人接待の基本らしい。実はこの「出迎え三歩 見送り七歩」のルーツは茶人でもあった井伊直弼が著した『茶湯一会集』にあるらしい。 ▼ 客をひとり自分の茶席にお呼びする。客が来ると戸口に立ってその人を迎える(出迎え三歩)そして路地を通って客…
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「仏教とは何?」 と聞かれたら

仏教とは何か。そう聞かれたらこの言葉を紹介することにしている。 「『華厳経』の〈入法界品〉に善財童子という少年が文殊菩薩の教えに導かれて五十三人の善知識を訪ねる求道物語が説かれています。 そこで善財童子が訪ねていく師匠、いわゆる善知識というのは仏教の菩薩・比丘だけではありません。バラモン教(異教徒)の修行者のところへ行って…
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いねむり?

 今年の法座は外部講師を呼ばずに住職がすべて手勤め。 先日の法話会では寝ている方をチラホラとお見受けした(^ ^;) でもこの詩に触れて大いに導かれました~ おばあちゃん ありがとう こっくり こっくり いねむりしていらっしゃる おばあちゃん わたしの話でも 聞いてやろうと思って ここまで来てくださったのに お…
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慈眼視衆生

お盆を迎えた八月。今は亡き懐かしい方々の面影を身近に感じた方も多かったに違いない。 いつも笑っていたお顔。厳しく叱責してくださった時のお顔。「亡き父のそうした表情を思い出す度に ”生きる力” をもらうような気がする。」と仰った方がいた。 ▼ 顔についておもしろい実験結果を聞いたことがある。 東大で教鞭をとった原島 博先生。…
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サッカーW杯熱 享楽?

日本人はこんなにサッカーが好きだったのか。試合があった翌日は新聞は一面で、テレビにいたってはどのチャンネルもサッカー解説だらけ・・・。 日本が決勝トーナメントに進出したことでW杯熱もヒートアップ。老若男女を問わず、日本列島全体がこれだけ興奮するとは大きな驚きであった。W杯期間中に世界で延べ四百四十億人がテレビ観戦するという主催…
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「阿弥陀池」

 太平洋戦争の折、供出した梵鐘の再興を願って門徒衆のご懇念を募り「鐘楼梵鐘」再建が叶って早や二十年。その記念に今月「再建20周年法要」と「落語会」を開催することになった。演者は上方落語の林家染二師匠。今回は古典落語を二席。そのうちの一つが「阿弥陀池」という演目 ▼ 大阪にある和光寺。別名「阿弥陀池」という。西暦552年日本に…
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「供 養」

「供養というは法にあいて希有な心を起こすこれ真実の供養なり」 (『増一阿含経』より)  母親の七回忌と父親の十三回忌が重なった法事のご縁があった。 施主の息子さんがしみじみおっしゃった。 「父親には心配かけたし、母親には感謝しないといけないと、この頃よく思うようになった」と。  「ただ、よく考えてみるとそれは〈役割〉とし…
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寺シネマ

四回目を迎える「寺シネマ」。 上映作品は「セブン・イヤーズ・イン・チベット」。アイガーの初登頂で知られるオーストリヤの登山家ハインリヒ・ハラーと少年期のダライ・ラマの交流を描いたアメリカ映画(吹き替え版を上映予定)だ。 ▼ 1939年、ドイツの遠征隊に参加したハラーはヒマラヤを目指すが、第二次世界大戦の勃発によりイギリス領であ…
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花まつり 「天上天下唯我独尊」

もうすぐお釈迦様のお誕生を祝う花祭りの時期。生まれたばかりのお釈迦様は天と地を指さされて「天上天下唯我独尊〈天上天下にただ吾ひとり尊し)」と仰ったという。しかし、この言葉の意味を正確に受け止めている人は意外と少ないのではないか ▼ 大阪・西光寺住職の天岸浄園先生はこうご教示くださっている。「この世界で私が最も尊いものであると訳す…
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北越雪譜

今冬の北陸豪雪のニュース。北九州で暮らす身には想像もできない。江戸時代、冬の雪国を全国に知らしめた人がいた。  越後国塩沢(新潟県南魚沼郡塩沢町)の文人鈴木牧之だ。彼が書いた『北越雪譜』は当時ッベストセラーになったという。 ▼ 本の中で降り積もった雪を取り除く〈「雪堀り」や取り除いた雪を片付ける「雪揚げ」といった雪国独特の…
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あけまして 南無阿弥陀仏

戌年の本年、いただいた賀状の言葉抄 ▼ 「常に居ますを佛という・ここに居ますを佛という・共に居ますを佛という・この佛を南無阿弥陀仏という・このいわれを聞いて歓ぶを信心という・称えて喜ぶを念仏という」(後輩のK住職) ▼ 「犬も歩けば棒にあたると申しますが、別に歩かなくても向こうから棒が飛んでまいります。東を向いても尾は…
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生と死?(死後の世界?)

「死んだらどうなるの?」。数年前に「浄土真宗講座・問答編」と題して開催した講座でテーマに掲げた内容。講座終了後、受講者にこんな手紙を書いたことがある。来年あたり同じような講座を再開したく思い、当時の記録を年末の虫眼鏡通信に掲載したい。 ▼ 受講者の皆様へ。今回の質問はこの講座の眼目、真打登場という感じでしたね。ところが私がまだ …
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