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zoom RSS 「阿弥陀池」

<<   作成日時 : 2018/06/14 21:35   >>

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 太平洋戦争の折、供出した梵鐘の再興を願って門徒衆のご懇念を募り「鐘楼梵鐘」再建が叶って早や二十年。その記念に今月「再建20周年法要」と「落語会」を開催することになった。演者は上方落語の林家染二師匠。今回は古典落語を二席。そのうちの一つが「阿弥陀池」という演目

▼ 大阪にある和光寺。別名「阿弥陀池」という。西暦552年日本に仏教が伝来した折、百済の聖明王が日本の欽明天皇に献上したという阿弥陀如来像。

 時の権力者・物部氏は外国の蕃神だと仏教を排斥しようとする。時を同じくして疫病が流行る。それは日本古来の国神の怒りをかったせいとし物部氏は仏像を難波の堀江に棄ててしまった。のちに、そのことを親鸞聖人は『和讃』にしるされている。

 「そのとき〈ほとほりけ〉とまうしける 疫癘あるいはこのゆゑと 守屋(物部氏)がたぐひはみなともに〈ほとほりけ〉とぞまうしける」と。

 「ほとほりけ」とは「ほとぼ(熱)りの気」、つまり熱病の原因が仏像にあるという意味。「ほとけさま」という表現は、実は熱病のもと「ほとほりけ」という蔑まれた言葉から生まれたのである。(諸説あり)。なんとも痛ましいお名前の由来ではないか

▼ その後、、難波の堀江に棄てられた阿弥陀如来像。信濃の国司・本田善光によって拾い上げられ信濃のお寺に祀られることになる。それが現在の長野の善光寺だという。そして、本田善光が阿弥陀如来を難波の堀江の池から救ったその場所に和光寺が建立され、そこを「阿弥陀寺」と呼ぶようになったらしい

▼ そんな歴史的背景を知った上で、古典落語「阿弥陀池」をご堪能いただければと。終演後「落語の中の仏教」と題して染二師匠と住職のプチ対談も予定。ご来寺、お待ちしております。    (No 294)


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